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巨匠ピカソを創った愛人フェルナンド・オリヴィエ

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前回の続きとして、ピカソの2番目の愛人フェルナンド・オリヴィエについて解説しましょう。
巨匠の人生を研究すると、大抵、無名時代の貧乏な男の才能を信じて、身も心も捧げた女性がいるものです。
それがオリヴィエ、本名アメリ・ロンでした。
彼女は、窮乏生活を送っていた貧乏画家ピカソの青の時代の最後の年・1904年から、バラ色の時代、そしてキュ-ビスムの3つの時代と、約10年間を共に過ごした愛人、いえ事実上の内縁の妻でした。

後で言及する彼女の自伝「私的な思い出」を読むと、二人の関係は1909年に二人がクリシー通りに大きなアパート兼アトリエを借りたころから冷え切っていたものの、1911年の秋にピカソが新しい愛人エヴァと暮らし始めるまで関係が続いたようです。
そして二人が最後に出会ったのは、1912年の夏でした。

1904年「青の時代」、モンアパルナスの木造家屋「バトー・ラヴワー」で二人一緒に暮らし始めたころは、食べ物にさえ不自由するほど貧乏でしたが、彼女と暮らしながらピカソは売れっ子の作家として人気が急上昇していきました。
その意味でオリヴィエこそが、巨匠ピカソを創った女性であったといえるでしょう。

二人が一緒に暮らしている間に、ピカソは何百枚ものオリヴィエの絵を描いたはずです。
でも貧困の中でその多くはなくなってしまい、キャンバスに描かれたものは、その上から別の絵を描いて再生使用して、消されてしまったものも少なくありません。
幸いなことに、お金ができてクリシー通りに引っ越した1909年は、春から冬だけでも60枚以上もオリヴィエをキュービスムで描いて、それらが現存しています。
有名になりだしたから、作品が残るようになったのです。

また、キュービスムの時期には、オリヴィエをモデルとした「女性の頭」という有名なブロンズ像も制作して、そのうちの一点はパリのピカソ美術館が所蔵しています。
キュービスというと、その最初の作品とみなされる「アヴィンニョンの娘たち」に描かれた5人のモデルの一人が、オリヴィエであるというのが通説になっています。
画面上で、左から二人目がそうかもしれません。

でも、ここまで対象物を概念的に描けば、画面上の人物のモデルが誰であるのかを議論すること自体、ほとんど意味がないように感じられます。
事実、オリヴィエをモデルにした当時の肖像画と彫刻の大半は「女性の頭」というタイトルがつけられて、モデルのオリヴィエの名はそのあとに、「女性の頭、フェルナンド」という具合に所有者が勝手につけたものが多いように思います。
しかし制作当時、同じ屋根の下に暮らしていたモデル兼愛人のオリヴィエの影響は、直接的間接的に大変大きかったはずで、彼女が美術史に残した重要な足跡の一つといえます。

オリヴィエとピカソの生活ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
それでは、巨匠ピカソを創った女性オリヴィエについて、もう少し詳しく話してみましょう。
彼女のピカソとの生活については、彼女自身が書いた「ピカソと友人たち」と、先ほど触れた「私的な思い出」の2冊から、おおよそ何があったのか知ることができます。

「私的な思い出」

前者は1930年にベルギーの日刊紙「ル・スワール」に6回連載されましたが、ピカソが弁護士を雇ってそれ以上の連載を阻止したことが知られています。
でもその後、オリヴィエはさらに内容を充実させたうえで本にしました。
どうやらそれにこりたらしいピカソは、秘かにオリヴィエに仕送りをする条件で、これ以上二人の過去について公表しない約束を取り付けました。
その結果、もう一冊の本「私的な思い出」は両者の死後、1988年にようやく出版されました。

でもオリヴィエの、女性としてピカソを愛し続けた思いは、一冊目の「ピカソと友人たち」の冒頭部分にきわめて素直に書かれています。
涙なしでは読めない部分です。
少し抜粋してみましょう。

「ピカソはまだ若かった女友達を覚えているでしょうか。
頻繁に彼のためにモデルになったり、当時、靴さえなくて、2か月間も外出できなかった女性のことを。
冬に氷ついたアトリエの中で、暖房用の石炭が買えなくて、ベッドに寝たっきりだった女性のことを覚えているでしょうか。」
「私の人生の中で、最も大切な時期をピカソと暮らしました。あの時期、私は幸せだったと思います。」
「冬場はアトリエの中はとても寒くて、前の日に飲んだお茶の残りが、ティーカップの底で凍っていました。
でも、ピカソはそんなことにもめげずに、休むことなく制作を続けていました。」

10年後にピカソと別れたオリヴィエですが、世の中の無理解や、靴すら買えないほどの貧困と闘いながら、懸命にピカソを支えた女性の真心が伝わってきます。

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Pablo_Picasso,_1909–10,_Head_of_a_Woman_(Fernande),_modeled_on_Fernande_Olivier

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