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拙著新刊「フェルメール、無言の叫び」 2月4日発送開始

お待たせしました。
私の自費独立出版書「フェルメール、無言の叫び」は、いよいよ2月4日から発送開始となります。
今までの通説定説にとらわれない新しいフェルメール論集です。
この機会にまだ予約されていない方はぜひご予約ください。

また、すでに予約済みの方は、速やかに振り込みをお願いいたします。
1冊2000円、送料360円

ゆうちょ銀行
店番 458
口座 0777725
名義人 アラキ タカフミ

ゆうちょから直接振り込みの場合は 
7777251  記号 14520

森 耕治
ベルギー王立美術館公認解説者
宣伝用肖像写真
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Category: 著書

レオナルド・ダヴィンチ「岩窟の聖母」 ルーヴル美術館

ルーヴルの数多い名作の中でも、このダヴィンチが描いた「岩窟の聖母」は、ぜひ忘れずに鑑賞していただきたい作品です。
ロンドンのナショナル・ギャラリーには、これと構図が極めて似たもう一枚のオリジナルが所蔵されています。
この点についてはもう少し後で触れてみます。

ルーブルの作品は、ミラノのサン・フランチェスコ・グランデ教会内の、無原罪おんやどり信心会のプライベート祭壇画としてダヴィンチに注文されたものです。
無原罪おんやどりの意味については、最後に説明します

Leonardo_Da_Vinci_-_Vergine_delle_Rocce_(Louvre).jpg

日本ベルギー国交150周年記念「ルーベンス、戦う画家から愛の画家へ」日本大使館講演会

昨日29日は、在ベルギー日本大使館で、日本ベルギー国交150周年ルーベンス講演会「ルーベンス、戦う画家から愛の画家へ」をオペラ歌手のオサダさんと、ピアニストの塚本さんの3人でコラボしました。 
これは日本大使館との共催でした。

また会場そのものも、ベルギーで活動されている画家ヒロ・サイカさんの展示会場をお借りする形で開催しましたので、その意味でも2重のコラボでした。

1週間前に満席となった会場で、私のルーベンスの解説をはさんで、オサダさんに7曲熱唱していただきました。
公演後は会場内のビールスタンドで、日本人が醸造したベルギービールを飲みながら談笑のひと時でした。
これはおいしかった。

美酒、絵画、音楽に美女。
美術史はこれだからやめられません。 こんな講演、毎日したいです。
2月の里帰り講演会も、こんな感じで行いましょう。

日本大使館1

日本大使館2

日本大使館3


Category: 私の出来事

これは寄付かお布施か? 拙著新刊の謎

拙著新刊 「フェルメール 無言の叫び」は連日注文をいただいています。
ありがとうございます。

でも不思議なことがひとつあります。
数件、予約なしに、発送先のお名前も住所も連絡せずにお金だけ振り込む方がいらっしゃるのです。
昨日はとうとう事務局名義人の荒木さんの名前で振り込んだ方まで現れました。

ここまでくるととても連絡の行き違いとかミスではなくて、
私の活動を助けようとして寄付かお布施のつもりで振り込んでいらっしゃるようです。
ありがたいのですが、私は教会の神父でも牧師でもありません。
ただの学者です。

せめて本をお送りするご住所だけでも、ぜひご連絡ください。
また、私からコンファーム(確認メール)が届いていない方は、お手数ですがもう一度メールでご連絡ください。

メールは以下です。
mori.zimukyoku@gmail.com

もちろん新規のご注文は喜んで受けます。
1冊2000円、送料360円です。
ご連絡お待ちしています。
Category: 著書

ヴァン・ダイク「狩場のチャールズ1世」 1635年頃

狩場のチャールズ 1

2012年の暮れに、フランス北部に位置するかっての炭鉱町ロンスに新ルーブル美術館がオープンしました。
この「「狩場のチャールズ1世」はそこで行われた「ルーベンスのヨーロッパ」という特別展の、最初の部屋に展示されてありました。

モデルのチャールズ1世といっても、すぐにピンとくる方は少ないでしょう。
でも、17世紀の清教徒革命でクロムウェルの率いる議会軍に負けて、1649年1月30日に斬首された英国国王といえば、高校世界史を思い出していただけると思います。

これを描いたのはルーベンスの元アシスタントで、アントワープのもう一人の巨匠ヴァン・ダイクです。
彼はルーベンスのアトリエで約5年間働いた後、いったん英国にわたったものの成功せず、1621年から27年まではイタリアで修行して、ティツイアーノなどのベネティア派の明るい画風を身につけました。
そして1632年から英国国王の宮廷付となり、アントワープではルーベンスの影にかくれて得ることのできなかったトップの画家としての栄光を勝ち取りました。また、
この時期にチャールズ1世からナイトに任じられ、国王から住居も与えられ、死ぬ2年前にはとうとう英国人のマリーと結婚もしました。